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2011年01月25日

懲りない生き方♪

 わたしもお母さんも居なくなった此の世を、どのように生きるべきか?おトしゃんは悩んでいるのです?
 風邪をひいているのであれば当然ながらそれを治して健康的な暮らしを目指すのが正しいヒトとしての生き方ではないのではないのでしょうか?
 先週末、おトしゃんはN北方支部長に山登りを誘われました。しかし喉やら頭やらがやられていて、まともな思考力も無い状況なので無理をしないでお家で療養を続け来週からは元気に社会復帰をするのです♪と、断わって静かに安らかに安静にしてました。
 しかし、此の世はママになりません!お昼にはお天気が晴れてお天気になってきたのです♪
 安静に横臥していたおトしゃんは、このまま天井を見みながら死んでしまったら後悔するのではないだろうか?、此の世にやり残した事はないだろうか?と、自問し始めました・・・・
 そして、例の大発明のテントを冬山の現場での設置実験もしないで死ぬわけにいかない・・と大決心をして、わたしたちの実家の札幌台へ高熱をものともせず登ったのです♪
 例の裏返しテント現地設営実験のために・・・
 


 『やはり、冬山で震えながらのテント設営作業はなかなか得がたい感動がある♪』
 『テントの中から見る此の世は『希望の光』にあふれている♪』
 『チョコ、見てごらん~♪』
 『春の気配を感じるねぇ~♪』
 
 
 
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 と。
 上手く、実際の冬山でもテントがすばやく設営出来たことがよほど嬉しかったのでしょう♪
 テントの中で間借りのわたしと、体を震わせて感動してました♪

 下山して、もう此の世に思い残すことも無いと満足していたのですが・・・
 今週、改めて、再度、もう一度仕切りなおしで・・・風邪と付き合い始めたようです♪

 わたしは、思いました。あの時の『感動の体の震え』は、やはり・・・風邪による発熱からくる震えだったのではないでしょうか♪

 アッ、そう云えば 『亡きお母さんのためのパヴァーヌ』はどうしたのでしょうか?
 ガサガサとテントの擦れる音、ゴウゴウの風の音しか聞こえません・・・
 もう、そんな事は忘れてしまったのでしょうか?

 
 
 
 
 
 

投稿者 choko : 12:27 | コメント (4)

2011年01月16日

奇術のようなテント設営の早技???

 今まで、内科関係で病院や薬の世話に成ったことがない免疫力の塊のようなおトしゃんが、なんと云う事か風邪をひいたのです。
 何年ぶりでしょうか?
 わたしやお母さんの世話等で精神が張りつめていたのが、どうでもよくなったとたんに免疫力が弱ったのでしょう・・・
 週末から、喉が痛い、頭が痛い、体の節々が痛い、咳がでる、熱がでる、鼻水とくしゃみは絶え間なくでる、冷や汗もでる、愚痴もでる、悪寒は止まらない、食欲も無い、生きる気力も無い、希望も無い、と大騒ぎをしてます。
 と云っても、自炊してご飯を食べなければ・・・死んでしまうのです。
 と云っても、熱が有って、ご飯は食べたくないのです。
 こう云う時にこそ冷えたビールが薬にもなり、栄養にもなり、希望にもなるのです♪今まで、ビールと仲良く暮らしてきて良かったと、嬉しそうでした♪
 でも、ヒマなのです。体調が不調、天候は不順、救われない日曜日なのです。
 こう云う日こそ、今まで様々の家庭内事情で自粛していた研究を実験するのです♪

 そうです、ここ十年間も『冬山で雨や雪に濡れないで、寒いから超早技でテントを設営する』と云う研究をしていたのです♪
 
 

 

 ポールも中で組み立てたら、完璧に濡れないですみます♪
 なんと、画期的な事なのでしょうか♪♪♪
 わたしには、おトしゃんの奇術を見ているようでした♪
 このような、素晴らしい研究を理解してくれ、登山界のイノベーションと世間のヒトは大いに評価してくれるのでしょうか?

 本人だけが・・・嬉しそうなのです♪
 
 でも、居間のお母さんの遺骨の前ででこのような暴挙をしているのは、やはり心がいたむのでしょう?、せめてもと、ラベルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』をBGMにしてました・・・
 せっかくのおトしゃんの気持ちも、テントのガサガサ音で、聞こえませんねぇ♪

 それでも、希望が見えてきました♪、風邪を早く治して、山の上でこの研究を実践して、仲間に自慢するのです♪

 冬山は静謐なのです・・・
 『亡きお母さんのためのパヴァーヌ』でも、BGMにしましょう♪
 
 
 
 
 


投稿者 choko : 17:12 | コメント (6)

2011年01月10日

わたしの形見分け♪

 ありがたいことに、わたしはたくさんの服を持ってました♪
 お母さんが作ってくれたもの、誕生日やクリスマスに頂いたもの、どれもこれも素敵でした。
 生前、おトしゃんはわたしに季節や場所に応じてそれらを着せてくれたものでした♪

 一着一着に思い出が詰まっているのです。
 でも、これらのお洋服にはもう用が無いのです。
 これらを着るわたしがとっくに居ないのです。なのにおトしゃんは意味もなく大切にしまっていたのです。捨てなければこれらを見る度にいつまでも思い出がおトしゃんの心に湧きでてくるのです。これは辛いことなのです。でも捨てられない。困っていたのです。

 おトしゃんの親友のOさんが此の世を去って一年が過ぎました。
 そういえば、故Oさんのお家には、ラピさんが暮らしているのです。ラピさんのお母さんに相談したところ、わたしの服を喜んで頂くと快諾してくれました♪
 ただし、ラピさんはわたしよりひとまわり大きいので、似合いそうなのを選定しました♪
 

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 おトしゃんは、写真を撮ってました。
 実物が無くなっても映像があれば、思い出はよみがえると・・・
 あれッ?、見ると辛くなるので、引きとって頂いたのではないのでしょうか?

 そういえば最近おトしゃんは本棚の本の背表紙を見るのが辛いと云って。昔のもう読まなくなった『本』を、画像にしてコンピュータに保存し、『本』は捨ててます。
本当は、もう二度と読む事も無いはずなのです。でも、画像として『本』を保存してあると、実体が無くても納得できるのです。

 おトしゃんの心には、わたしの服の写真も同じあつかいなのでしょうか?

 もう、おトしゃんは、何も『物』がいらなくなってきたのでしょうか?・・・

 そんな、イカレテきたおトしゃんをラピさんはジィ~と見つめてました。

 そして、おトしゃんの手に、ラピさんの右手を重ねました・・・

 ぁぁ・・・ラピさんなりに、おトしゃんに『しっかりしなさい』と諭してくれたのです♪


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 おトしゃんはラピさんの目の中にに、やはりOさんが居るのを知りました・・・
 未成年の頃から、Oさんはおトしゃんに『しっかりしなさい』と案じてくれていたそうです・・・

 命は、継承されるのですねぇ~♪
 
 故わたしとおトしゃん。
 ラピさんと故Oさん。
 
 ぁぁ四十数年前に出会って、こうして親子2代で関わる事になるとは・・・
 
 
 
 そういえば、今日もおトしゃんは、雪山を彷徨してました。
  
 ブッキリ教の聖地を探すのだそうです???
 でも、ここはエゾトナカイさんの足跡がいっぱいでした。彼らの聖地なのではないのでしょうか? 
 
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 本気なのでしょうか?

  
 
 
  

投稿者 choko : 20:30 | コメント (1)

2011年01月04日

ブッキリ教♪

 お正月も去っていきます。
 お母さんの居ないお正月も終わりです。
 おめでたいお正月二日の日はお母さんの四十九日でした。四十九日とはあの世に旅立つ重要な日だそうです。納骨などもする日のようです
 わたしにも四十九日はありました。しかしわたしの遺骨は今でも戸棚のお母さんの遺骨の横に置いたままです。おばあちゃんも居ないのでおトしゃんに正しい生き方を諭すヒトはもう誰もいません。と云うことで当然お母さんの四十九日もなにもしないのです。『お母さんはキリスト教で、もうとっくに神の元に行っているそうだからもう良いのだ。』と云っているのに、四十九日なのだから『キチンとした位牌』も作り、法要もしなければ、『夜中に化けて出てくるかもしれない』と矛盾した事を云ってますが、もしかしたら化けて出てきてほしいのではないでしょうか♪
 わたしは推測したのですが、要するに先祖が付き合っていた仏教とお母さんが付き合っていたキリスト教との関係をどのように位置付けるかが今後の問題のようです。わたしの時は一応ワンワン仏教的な感じで事を収めたのですが今回はおトしゃん自身の判断が今後の重要な問題なのです。
 そんな事を考えておトしゃんはお正月を過ごし、やっとこの異教徒どうしの難問題に『答え』をだしたのです。
 『ブッキリ教』と云う宗教をつくれば難問は解決するのです♪
 仏教とキリスト教からおトしゃんの都合の良い部分だけ適用した『ブッキリ教』の開祖となるのです♪これからは都合の悪いことは『ブッキリ教』で禁じられていると言い逃れもできます♪
 聖典とかはどうするのでしょうか?
 『ブッキリ教』なんて耳ざわりも語感も悪いのではないのでしょうか?
 将来、『ボッタクリ教』と陰口を叩かれるのではないでしょうか?
 ありがたみも感じられません。

 全ての事を自分の都合のいい様にしか考えていないおトしゃんは、お母さんの法要等は『ブッキリ教』の経典を作ってから考えよう・・・と問題の先送りをして、山歩きA 山歩きN と遊び呆けてます。

 お家では、あの純真な『純白の蘭の花』が、バカなおトしゃんに代わって、お母さんの遺影の前で咲く努力を続けてます・・・・ありがたいことです♪
 
   
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投稿者 choko : 18:13 | コメント (1)

2011年01月01日

初日の出 + 初夢♪

 これまでは、なんとかかんとかお母さんはお正月にはお家に戻って来てました。
そして、わたしの目やにや煮干しのワタを取ったりして何かかにかの家事のお手伝いをしてくれてました・・・おトしゃんはお雑煮を作ったりビールを冷やしたりして細細と動きまわっていたものでした・・・でも、とうとう今年はお母さんも居なくなり、お正月だからといって格別することも行くところもありません・・・
 しょうがないので、初日の出でも写そうと、山の実家札幌台に登るのです♪
 藻岩山と異なり、ここに初日の出を見に来るヒトなど誰もいません。
 間借りのわたしとおトしゃんのためにだけの初日の出なのです♪

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 黎明から曙光までのわずかな一瞬、わたしとおトしゃんは幸せな感じに包まれていました♪


 しだいに、お日様が顔を出してきました♪
 初日の出にしては、あまり色気のない、どちらかと云えばさえない夕焼けのような感じですが・・・
 それでもおトしゃんは満足して写真を撮り、お母さんにその写真を見せようとお家に帰りました・・・
 寒さにふるえてお家に帰ったら、お母さんが温かいお雑煮を作って待っていてくれました♪
 わたしにもお正月用特製杵つき草餅入りササミ雑炊を作っていてくれていたのです♪
 ありがたい事です♪わたしもおトしゃんもお母さんに感謝しました♪ 
 ボンヤリとお母さんの嬉しそうな笑顔が浮かんできました♪

 はっと、気が付くとおめでたい初日の出がのぼってきました♪

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 黎明から曙光までのわずかな一瞬、わたしとおトしゃんは、夢を見ていたのでしょうか?

 帰宅したらやはり、夢でした。

 おトしゃんは買ってきた杵つき草餅をレンジで温めて自分で超簡易お雑煮を作ってました。
 それでも、おトしゃんは幸せそうでした♪

 だって、初日の出と初夢とを一緒に見れたのですから♪
 
 
 
 
 


投稿者 choko : 20:38 | コメント (1)