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2006年02月28日

「排雪雪山の命名」

 札幌秘境探検のプロジェクトを開始する前には、札幌の景観、地理、道路、建物等にはほとんど興味がなかった。でも、このプロジェクトを言い出した手前、地図とその場所にあるものを照合し出すといろいろな発見もあって、なかなか面白い。

 排雪の雪山を秘境に入れよう、という著者の考えに呼応してくれる投稿者も出てきている。投稿者を増やすテーマになりそうなので、冬の間決まったところに現れるこの雪山に投稿者が名前をつけることを提案してみた。「札幌秘境100選」(仮題)が年内に出版されたら、雪山の写真に添えて雪山名と命名者(投稿者)を記載するのも面白かろうと考えたためである。
 
 手始めに自分が投稿した雪山に名前をつけようと、地図でその場所を見ると、雪山は下野幌のテクノパーク脇を流れる小野津幌川の上に現れる。この小野津幌川は厚別区を流れる野津幌川から分かれていて、地図上では真っ直ぐな川なので用水路として作られたものではなかろうか。小野津幌川はテクノパークの端で消えてしまう。

 野津幌川は熊の沢川が支流となる。この熊の沢川が厚別青葉通と平行して走るところにも写真の排雪場があって、雪山ができる。雪山は春には溶けて無くなるので、排水を考えなければならない。そのため雪山は近くに川があるか川の上にできることになる。考えると当たり前のことなのだが、例を2,3集めないとその当たり前の理由に到達しない。こうなると雪山の命名法の一番目のやり方は、雪山の下にあるだろう川の名前を採る方法である。つまり写真の雪山は「熊の沢雪山」となる。

熊の川雪山1A.jpg

 野津幌川はさらに上流で大曲川と立花川の支流に分かれる。厚別東通と並行に走るこれらの川のいずれか(多分大曲川)の上に写真の大きな雪山が現れている。これは「大曲雪山」と命名するとよさそうである。ただ、大曲川は北広島市の方に入っているから、大曲雪山は北広島市の排雪で出来た雪山だろう。 

大曲雪山3A.jpg

投稿者 esra : 01:13 | コメント (0)

2006年02月27日

「小別沢トンネル付近」

 中央区宮の森と西区小別沢をつないでいる小別沢トンネルは、秘境よりは心霊スポットのカテゴリーに分類されるところである。もっとも心霊スポットとして名高かったのは以前のトンネルで、2003年4月に開通した現在のトンネルは長さ約230メートルの真っ直ぐな何の変哲もないトンネルである。以前のトンネルの様子はインターネットで検索すると、心霊スポットの関連ページに沢山出て来る。

 このトンネルは小別沢側から札幌に出るため、地元の人が二年がかりで百メートル程を素掘りで貫通させたのが始まりだそうである。その後鉄骨やコンクリートでの補強が行われたのだが、老朽化が進んだため、新しいトンネルに生まれ変わった。新しいトンネルとなって心霊スポットの名声も色あせたようである。
小別沢トンネルA.jpg

 トンネルの宮の森側には写真のお堂がある。地図には「北炭雲釈迦堂」と名前が記されているけれど、由来は分からない。お堂の内に何があるかは確かめることは出来なかった。このお堂からは札幌の都心部が遠望でき、眺めはなかなかよかった。
北炭雲釈迦堂A.jpg

 お堂あたりから住宅地からトンネルに向かう山道になり、幅員が狭くなるとか通行注意とかの標識が目につく。冬道でこの小別沢線をドライブするのはちょっと緊張する。トンネルを小別沢側に抜けると、人家のない雪景色となる。雪が消える季節なら畑が見えてきて、大都会札幌から急に田舎の風景に変わるはずである。

投稿者 esra : 03:51 | コメント (0)

2006年02月26日

「北大通信衛星地上局施設」

 北大における通信衛星を使った実験事始は、著者の研究室で1991年に通信衛星実験地上局を開局したことに遡る。当時は情報工学科棟であった3階建ての屋上に写真のパラボラアンテナが設置され、赤道上空にある通信衛星JCSATにこのパラボラアンテナのお碗を向けている。つまり、お碗の中心から垂直に線を伸ばしていくと、赤道上の通信衛星に到達する。

 アンテナの写真の背景には北大のポプラ並木が写っている。しかし、このポプラ並木は2004年秋の風台風で倒れた木が多く、往年の雄姿はない。冬にはポプラの葉が散って、幹と枝だけで一層みすぼらしい姿をさらしている。ポプラ並木のさらに向こうに桑園駅や札幌市立病院が見える。
地上局アンテナA.jpg

 通信衛星を介して北海道工業大学、北見工業大学、室蘭工業大学や本州の大学との共同研究が行われた。1998年には実験局から実用局となり、費用がかかり研究費や実用局を維持するスタッフの確保もできなくなり、2002年には廃局にした。しかし、パラボラアンテナや測定装置が置かれていた屋上のプレハブ小屋は今でも写真に示すように残っている。情報工学科棟は北大の農場と接して建っていて、農場の雪原が建屋の下に迫って写っている。手前の煙突は暖房のためのボイラー用のものである。

 実験装置も先端的であればある程急速に古くなり、かって先端的であった実験装置が使われることもなくひっそりと置かれているのは、研究環境の点からは秘境である。それはまた、景観上でも秘境の引き立て役となっている。
地上局2A.jpg

投稿者 esra : 15:25 | コメント (0)

2006年02月25日

「札幌御嶽神社」

 新聞のチラシに札幌御嶽神社の宣伝が入っていた。神社も参拝者が来ないとお賽銭収入が無いからそれなりの企業努力をするのだ、となんかビジネスの感じがする。古い神社なら、町内会とか氏子有志とかが夏秋の祭りに合わせて各家庭を個別訪問して寄付集めをするとか、宣伝しなくても大晦日・元旦とか七五三のお祝い月に詣でる人が賽銭箱に投げ込む金額が一定していて、新聞のチラシで宣伝する必要もないのだろう。

 するとチラシで地元にその存在を知らしめる必要があるとすれば、これは新しい神社ではなかろうか。それなら一つ実地検分をせねばと車を走らせて行ってみた。宮の森にある聖心女子学院高・中校の横を通過して小別沢トンネルを抜けたところで、福井の左股川の手前のところ、大倉山の西側の裾野にこの神社はある。冬なのに除雪した車道が神社の境内まで延びている。やはりチラシで宣伝していたように車での参詣者を想定している。

 人の足跡もついていない神社の鳥居へ続く雪道を上がって行くと、御嶽神社の社殿の前に出る。写真の社殿は新しそうに見えた。しかし、築何年かは分からない。主祭神の説明の看板があって大己貴命(おおねむちのみこと、大黒様)、国常立命(くにとこたちのみこと)、少彦名命(すくのひこなのみこと、恵比寿様)が祭られている。
御嶽神社1A.jpg

 社殿から鳥居の方向を見ると目の前に五天山と福井の町並み、右側遠くに手稲山の山頂が望める。しかし、神社の周りには人家もなく、参詣者も見当たらず、少なくとも冬の間は秘境の佇まいである。
御嶽神社2A.jpg

投稿者 esra : 12:57 | コメント (2)

2006年02月24日

「冬に出現する雪山」

 冬に積雪のある札幌では、この積雪のせいで冬場だけに見られる景観がある。「札幌雪祭り」はこの積雪を積極的に利用した人工的景観であるとも言える。ただ、雪祭りには200万人近くの見物客が訪れるので、雪祭り会場は秘境の対極にある景観である。

 雪像となる雪は観光産業に役立っているけれど、道路に積もる雪は厄介者である。札幌市は除雪のため冬期間だけで約150億円(2005年度)もの巨費を投じている。春になれば溶けてしまう雪に毎年これだけの除雪費が費やされるのだから、このお金を別のところに使えたら良いのにと市民の多くが思っている。

 除雪は道路の雪を道路脇の集めることから始まる。しかし道路脇の雪は排雪しなければ道路幅はどんどん狭まる。毎年1月頃からダンプカーで排雪作業が始まる。雪は都心からあまり遠くない雪捨て場に集められる。そして、冬にしか見られない雪山が都心から少し離れたところに目立つようになる。札幌の道路がいかに広い面積を占めているのかは、これらの巨大な雪山を見ると理解できる。

 写真は札幌テクノパークの入り口に架かるポン・ノッポロ橋から見下ろした排雪山である。雪山越しに、遠くに北海道百年記念塔が望める。この橋は谷を跨いでかなり高いところに架かっている。夏には下の方に小川が流れ、テニスコートなどがあるのが、運び込まれた雪で全部覆われてしまっている。
雪捨て場A.jpg

 裾野に下りてみると、雪山は一つだけではない。ダンプカーが次々と雪山を造っていくので、いくつかの頂上が出現する。こんなところに雪山を見に来る人も居らず、日々少しづつ高くなって行く雪山は、冬の季節だけに現れる大都会の秘境の様相を呈している。
雪捨て場2A.jpg

投稿者 esra : 14:51 | コメント (0)

2006年02月23日

「市庁舎最上階茶室」

 札幌市の市庁舎の最上階は19階である。この最上階に何があるかといえば、展望回廊と食堂とそして茶室である。今回の札幌秘境探検プロジェクトの引き金を引いた一つには、この噂に聞いていた茶室があった。新聞にこのプロジェクトの紹介が載って、そこでこの茶室についても言及している手前、これは見ておく必要がありと見学を頼み込んだ。市の知り合いの関係者も新聞の記事を読んでいたのか、打ち合わせの会議場所としてわざわざこの茶室に選んでくれた。

 市庁舎の最上階には行ったこともなく、エレベータから出てみると、見晴らしのよい回廊がぐるりと四方を囲んでいる。冬なのでガラス窓越しにではあるけれど、札幌の市街を俯瞰できる。こんな展望のよい空間があったとは、長らく札幌市民であったのに知らなかった。そして、お目当ての茶室もあった。
茶室1A.jpg

 砂利に敷石が敷かれ、写真のように鉢物の植物とつくばい(水はなかった)が置かれている。にじり口から茶室に入るようになっていて、風炉も切ってある。本格的である。さらに畳の部屋が隣接している。打ち合わせ後、茶を一服(順番は逆かもしれないけれど)という仕掛けになっている。
茶室2A.jpg

 市庁舎にどうして茶室なのかというと、外国からのお客さんが訪れた時に日本情緒を味わってもらうためだそうである。しかし、そんな悠長なことをしている時間的余裕は、来訪者にも接待側開庁時間内にはないだろう。市民が利用してもよいのだそうであるけれど、市役所と茶の湯は相性が悪そうである。そこでここはほとんど知られていない秘境となる。大都会には思いがけないところに秘境があるものだと感じ入った。
茶室3A.jpg

投稿者 esra : 05:49 | コメント (0)

2006年02月22日

「森の湯」

 JR千歳線の上野幌駅近くは厚別東通と274号線が交差し、札幌と北広島の市境が複雑に入り組んでいる。「森の湯」はこの二つの道路から北広島市側に少し入ったところにあり、パークゴルフ場に隣接していて、夏は競技する年配者でにぎわっている。冬訪れると雪野原と雑木林に囲まれて少々秘湯の感じが漂う。
森の湯建屋A.jpg

 ここには露天風呂があって、谷を挟んで向こう側の山の林を眺めながら湯に浸かれる。冬なら降ってくる雪を頭に受けて、身体は湯の中に沈め、頭部の冷気と身体の熱さを加減する。夏は木々の緑を、秋にはその紅葉を見て、目と身体の両方を楽しませることができる。時たまJR線の列車が遠くを走るのを目の端に捕らえたりする。

 晴れた日で空気が澄んでいると、まれに風呂に浸かりながら羊蹄山が見えると聞いたけれど、見た経験はない。泉質は植物成分が多いアルカリ性のモール泉で、コーヒー色である。滑りやすいお湯なのか、滑らないようにとの注意が目につく。

 名前が、森の恩恵を受けた湯といった意味を込めてつけられているだけあって、札幌の都会のイメージを持って来ると、隠れ湯といった雰囲気である。地元の常連客が多いようで、湯上りに休息室で休んでいる様子には都会の湯治場という感じが漂っている。


森の湯A.jpg

投稿者 esra : 06:48 | コメント (0)

2006年02月21日

「北大構内原始林」

 北海道が大型の風台風に襲われたのは2004年の9月である。北大構内のポプラ並木が倒れ、楡の大木が幹から折れ、構内の惨状は目覆おうばかりであった。その時から一年以上も経っているのに、爪あとが構内の雪に覆われた原始林に残っている。
北大原始林B.jpg
 この原始林はその名の通り、手が加えられずに残っている北大構内の秘境であった。原始林のはずれのところに有名な恵迪寮歌の「都ぞ弥生」の歌碑がある。拓本を取ったせいか歌碑の文字は黒ずんで写真に撮っても文字ははっきり写らない。
 
 この歌碑の近くには「楡影寮」の閉寮二十年を記念した碑がある。かって恵迪寮、楡影寮の寮生であった著者が責任者の立場で楡影寮碑建立に関わったので思い出の碑である。ただ、冬には道路脇にあるこの碑は雪山に埋もれて見ることができない。
 
 かなり以前は「都ぞ弥生」の歌碑からは道がなかったのに、北大の施設が原始林を越えて造られるようになってから、原始林を貫く道が出来、加えて風台風で原始林の多くの木が倒れ、もう昔日の「原始の森は暗くして」の面影は無い。

 ここには春になると水芭蕉も咲いていたはずであるけれど、それも消えてしまったろうか。この春には秘境の趣からはほど遠くなったこの原始林に秘境跡探検で行ってみることにする。

恵迪寮歌碑B.jpg

投稿者 esra : 06:39 | コメント (0)

2006年02月20日

北海道新聞記事

 本日(2月20日)北海道新聞札幌秘境100選の記事が掲載されました。
記事にはコメントや原稿投稿のブログのURLが載っています。
ただ、ブログは皆さんからの投稿をもらい、コメントし合うのには
あまり適していないと分かりましたので、投稿者同士のコメントのやりとりや、
写真つきの投稿をやりやすくするため、掲示板を用意しました。
掲示板利用は以下のURLです。
http://bbs3.sekkaku.net/bbs/hikyou.html
ブログでも掲示板でも、ぜひご投稿お願いします。

ブログで募集A.jpg

投稿者 esra : 10:13 | コメント (0)

「冬の北大第一農場」

 札幌は夏とは打って変わって、冬になると秘境に衣替えするところがある。その代表格は北大の構内の西側に南から北に延びる第一農場だろう。西五丁目を南北に突き抜ける昔の電車通りと、西十丁目から西十五丁目に斜めに東西に走る石山通に囲まれて北大のキャンパスがある。第一農場はこの石山通に沿っていて、幹線道路と接していても道路側から農場に入ることはできない。ただ、道路と農場を仕切っている金網が途中破られていて、ここから農場を横切って学生の通り道の一本道が続いている。学生が構内にある教室に近道で通うための道である。

 夏は大都会の都心部に近いというのに、牧草地やとうもろこし畑が広がり、札幌駅からなら歩いて三十分、桑園駅からなら十分のところにある都心の地とは思えない。北大観光の看板の一つのポプラ並木はこの農場にあって、一昨年の風台風で半数近くが根こそぎ倒され、その跡に若木が植えられている。片側は古い大木、片側は細い若木が雪の中に並んでいるのは、台風の爪あとを見るようで痛々しい。

 この農場が冬には写真のように人影さえ見えない大雪原となる。写真の手前にはポプラ並木の端の木が写っている。「きけん」の標識が雪の上に顔を出しているのは、夏には電牧になるところで、冬には通電されてはいない。吹雪にでもなって写真雪原で迷うと行き倒れになっても不思議ではない。大都会札幌の都心部で、雪で方向が分からなくなり立ち往生するのは、この雪原に立つと実感できる。

 国立大学も法人化され、大学の評価によるランク付けがはやっていて、北大のランクが低迷しているという話も伝わって来ている。論文数だとか、獲得した研究費とかの評価基準に、構内の環境、それも都心にありながらの秘境度なんかを加えると、北大の評価は格段に上に来ること請け合いである。

北大第一農場1B.jpg

北大第一農場2B.jpg

投稿者 esra : 06:40 | コメント (2)

2006年02月18日

「札幌市エレクトロニクスセンター内大田(テジョン)館」

 一昨年(2004年)十月、札幌市と韓国・大田広域市は経済交流協定を結んだ。両市のそもそも交流のきっかけは、アジアのIT産業先進都市を結ぶ交易路「eシルクロード」にある。最初韓国からもたらされたこのアイディアは札幌で「eシルクロード」の名前が冠され、2001年の北大学術交流会館でのキックオフ・セミナや札幌市内のホテルでのコンベンションで活動が始まっている。このイベントの関係者の一人が大田市とも関係が深く、その事も手伝って両市でのIT企業関係者の交流が続き、両市の市長訪問が実現し、前記の協定締結に結びついている。
 両市の経済交流のシンボルとして、2004年7月には大田市テクノマートに札幌のIT産業紹介の常設展示場が、同年十月には札幌市厚別区にある札幌市エレクトロニクスセンター(略称エレセン)に国際交流スペースの開所に漕ぎ着け、そのメインの施設として大田市の先端産業の常設展示場「大田館」が設けられた。このエレセンは、下野幌の丘陵地帯を切り開いて造成した航空写真に示す情報産業団地テクノパークの中核施設で、今年で二十周年を迎える。エレセンの後ろには札幌市と江別市の境界が走る森林地帯が広がっている。

札幌テクノパークA.jpg

 このエレセン内の一階にある大田館の存在は少数の関係者しか知らず、開所のセレモニーや韓国からの企業家や学生達の訪問のような特別のイベントを除くと訪れる人もなく、無人の展示場で大田市の先端産業の映像が映し出されている(多くの場合はディスプレイ装置がoffの)様子は大都会の秘境の雰囲気が漂う。確かに都心から遠いこの施設まで来るのは大変で、エレセンのテナントも都心に移るとエレセンの秘境化が進む。二十周年を迎えるエレセンにもっと人が来るようにし、秘境化脱出の方策を真剣に考える必要に迫られてはいるのだろうけれど、これといった秘策がある訳でもない。
大田館A.jpg

 このエレセンの三階には2005年四月に発足した「eシルクロード大使館」があり、写真のように大使館の看板も出ている。こんなところに“大使館”と銘打ったものがあるのを実際に大使館の看板を見て確かめた人は数少ないだろう。脱秘境化を目指すところに「札幌秘境100選」の元締めとなっていて、エレセン内施設が秘境として取り上げられるのはアイロニーかも知れない。この大使館は「eシルクロード研究工房」と表裏一体で、「CSパンダの会」の事務局でもある。

大使館看板B.jpg

投稿者 esra : 17:21 | コメント (0)

2006年02月17日

熊の出没する宮丘公園

 西区西野は西側に手稲山、東側に三角山、南側には盤渓の山間が位置して、西野の街は北側から札幌の平野部の市街に通じていく。この手稲の山裾が平野部に突き出すように小高い丘状になっているところ一帯が宮丘公園である。円山公園をかすめて西に走る北1条宮の沢通りは宮丘トンネルをくぐり、宮丘公園の中央部を分断して国道5号線と合流する。

 この宮丘公園はよく整備された公園で、林間広場、芝生広場、トリム広場と名前の通りの広場があって、遊歩道も伸び、格好の散歩道になっている。付近の住民や、犬の散歩のため訪れる人達には、手稲山を遠望する広い公園という感じで、ある事態が起こらねば秘境でも何でもない。その事態とは熊の出没である。

 この公園から続いている手稲山に熊が住み着いているらしく、夏を迎える頃から熊の糞が見つかり、写真のような熊出没の注意警報が出される。注意警報に続いて秋から冬眠に備えるため餌あさりが目立ち始めると立ち入り禁止の看板が出て、市の広報車が公園に近づかないようにと拡声器で知らせて回る。こうなると宮丘公園は人の近づけない秘境に変わる。

kanban.jpg

 人の居ないはずの秘境の公園からはドン、ドンという音が聞こえてくる。はて、これはいかなる事態になっているのかと、立ち入り禁止のロープをくぐって秘境探検に赴く。そこで目にしたものは鉄砲を担いだハンターが大きな音に耳を抑えている写真の姿である。近くでは白煙が上がっている。ペアで熊撃退の任務に当たっているハンターに恐る恐る訳を聞くと、まず立ち入り禁止を破ってそこに居ることについて小言を言われてから、地上で花火を挙げて(落としてか)いると説明が得られた。花火の音で熊を追い払おうという作戦である。

park.jpg

 散歩道沿いに花火を鳴らしても、もともと人の歩く道からは離れた場所を移動すると思われる熊に驚いてもらうにはこれでは効果は薄いのではなかろうか。熊の身になった事はないので分からないけれど、最初は音に驚いても、そのうち慣れてしまってあまり効果はないのではなかろうか、などとそれとなく質問してみたらハンターの気分を害したようで、せきたてられるようにして公園の外に追い出された。でも、秘境から聞こえて来た得たいの知れぬ音の秘密を知ることが出来たという秘境探検の成果があったので、満足している。

投稿者 esra : 10:47 | コメント (0)

2006年02月14日

札幌秘境候補募集

札幌100秘境

方針:

大都会札幌市や近郊で一般の市民がこんなところがあったのか、と意外に思う場所や施設を実際に訪ねて文章と写真でリポートする。単なる人の行かない場所の紹介だけでなく、そのような場所のあることを再考させるようなレポートであるとさらに良い。安全、特殊事情で本にするのは問題ありという秘境については、関係者と相談の上、場所や施設を特定できないようにしてリポートするか、それが無理なら除外する。

 最初に100以上の秘境候補を簡単なコメント付きで募集して、適当と思われる場所を選んで実際にリポートしてもらう。

カテゴリー:

一応次のようなカテゴリーに分けて候補を募る。

(1)自然景観に関するもの・・・一般には良く知られていない場所や景観と判断されるもの。白旗山のようにスキー競技をする人にはポピュラーでも一般の人は余り行ったことのない場所も候補とする。

(2)遺跡に関するもの・・・例えば北大構内のアイヌの生活遺跡のようなもの。

(3)産業遺跡や近い将来産業遺跡になりそうなところ・・・手稲金山跡地や豊羽鉱山の例。

(4)通常には見られない隠れた空間・・・地下の施設等で、例えばNTTの洞道のような都市の地下にあるもの。

(5)屋内の秘境・・・市庁舎最上階の茶室やJRタワー屋上のヘリポート。

(6)神社仏閣・・・訪れる人があまり居ないところ・・・手稲山神社や藻岩山の仏舎利塔

(7)お地蔵さんや碑のある道・・・円山の百(?)地蔵道、隠れた遊歩道等。

(8)秘湯に関するもの・・・都会のなかの隠れ湯の雰囲気のあるところや近郊の湯治場の雰囲気のあるところ。

(9)水源に関するもの・・・豊平川や発寒川の水源地。

(10)人の訪れない展示施設・・・豊平峡ダムにある「ひふみみはなめ」という展示施設等

(11)知られていない物造りの現場・・・盤渓のワイナリーや札幌ブランドの制作現場

(12) 珍しい草花の自生地や巨木のあるところ・・・野幌森林公園の栗の大木

(13)大都会の公園らしからぬところ・・・熊の出没する宮の沢公園等

(14)旧道跡、線路跡やけもの道

(15)科学技術の実験施設・・・北大構内のライナック施設

(16)その他

投稿者 fugu : 17:14 | コメント (21)